日本プロ野球歴代投手の中で誰が最速か

日本プロ野球歴代投手の中で誰が最速か

「日本プロ野球歴代投手の中で誰が最速か」という話題何年経ってもプロ野球ファンが遠に語り継ぐ話題の一つではないでしょうか。

「歴代最速は絶対に○○」「○○は今の××より速い」など、いつの時代も、推奨する投手は年代によって異なっています。

1930年代の「日本プロ野球のレジェンド沢村栄治投手。「前1950年代の人未踏の400勝投手」金田正一投手「神様、仏様、稲尾様」と称えられた鉄腕投手、稲尾和久

1960年代になると「黄金のサウスポー」「20世紀最高のピッチャー」と言われた江夏豊投手。など、日本プロ野球の繁栄に大きく貢献した偉大な投手の名前が挙がります。

スポンサードリンク

過去の速球投手の実際の球速

過去の日本プロ野球を代表する「日本プロ野球のレジェンド」と言われた沢村栄治投手、「前人未踏の400勝投手」金田正一投手、「黄金のサウスポー」「20世紀最高のピッチャー」江夏豊投手の球速は何キロだったのかを検証してみましょう。

過去の速球投手の球速を古い画像から計測したところ、沢村栄治投手が156キロ、江夏豊投手が159キロでていたという話がありますが、これをそのまま受け入れることはできません。

これは、沢村栄治投手、江夏豊投手の評価に疑問を持っているのではありません。古い画像から計測された球速に対して疑問を持っているということです。

「日本プロ野球のレジェンド」沢村栄治投手

沢村栄治投手は1930年代の投手です。プロ野球チームとして、1934年に読売巨人の前身である日本東京野球倶楽部が結成され、メジャーリーグ選抜と親善試合をしたのが最初です。

それから2年後の1936年日本プロ野球のリーグ戦が始まったのです。この年代の投手が156キロの速球を投げていた? とんでもない話です。

理由は、プロ野球が始まったばかりの1934年では、140キロでも驚異のスピードだったでしょう。

沢村栄治伝説は、1934年の日米野球でメジャーリーグ選抜チームと対戦し、大打者ベーブ・ルースをきりきり舞いさせたという逸話から始まったようです。

しかし、この日米野球は数試合行われ、沢村投手は何試合か登板し、10-0で負けた試合もあったのですが、一試合だけ好投し、大打者ベーブ・ルースから三振を奪ったのです。

この試合が日本のファンにとって誇りになったのではないでしょうか。

ちなみに、このころの投手の球速は、150年代から遡って考えると、120から125くらいで130キロ前後でも速かったでしょう。沢村栄治投手の球速もこのあたりが妥当なところでしょう。

「前人未踏の400勝投手」金田正一投手

160キロは出ていたと豪語している金田正一投手の場合もしかりです。に違いありません。身長も184cmで腕も長く、当時の平均身長の160.3cmと比べると見上げるくらいです。

その投手が大きく振りかぶって投げると、威圧感が倍増します。バッターの体感は150キロくらいの速さに感じたことでしょう。

そういう思いが現在の速球投手より速かったと言わしめる要因でしょう。

「黄金のサウスポー」江夏豊投手

オールスター9連続三振、江夏の21球、1シーズン401奪三振など不滅の記録をつくった江夏豊投手。ただ、159キロの速球を投げていた、という測定結果には異論があります。

重そうなストレートの印象はありますが、とてつもなく速いという感覚を持ったことはありません。145キロ前後の球速だったとみています。

しかし、奪三振王と呼ばれるほどの投手ですから、威力があったのでしょう。ひょっとしたら終速が速かったのでは、という気がします。

スポンサードリンク

スピードガンの精度は高くない?

プロ野球の試合でピッチャーの球速を、スピードガンで計測するようになったのは1977年からです。高校野球の試合は2004年から使用されるようになりました。

スピードガンで球速を測定する場合、最も測定精度が高いのは、ピッチャーとキャッチャーを結ぶ直線上にスピードガンを設置して測定することです。

しかし、スピードガンとピッチャーの間にキャッチャーと審判がいるので、やや斜めから計測しています。

斜めということは、直線ではないので誤差が生じていることになります。また、スピードガンは機種によっても測定精度はまちまちなのです。

プロ野球の試合で使用されているスピードガンの精度は高いとは言えません。球場によっ球速が全然違うと言うのも有名な話です。

特に神宮球場はスピードがでます。通常でも5~10キロの誤差はあると言われています。

つまり、意図的に測定値を調整できるということです。また、個人的には高校生の150キロにも疑問を持っています。

もともと球速表示は、ファンサービスが目的で、試合に影響を及ぼす可能性も少ないので正確な表示を追求していることはないのです。

こういうことを総合的に考えると、ピッチャーの球速について、ああだの、こうだのと神経質になる必要はないということです。

野球以外のスポーツの世界記録の推移

他のスポーツの世界記録の推移を見てみると、沢村栄治投手、金田正一投手、江夏豊投手の球速が計測通りではないということがわかります。

例えば、陸上競技男子100メートルの世界記録は1968年が10秒0でしたが、2009年の記録は9秒58となっています。

競泳男子100メートル自由形の世界記録は1970年が51秒94で、2009年は46秒91です。男子マラソンは1967年に2時間9分36秒で初めて2時間10分をきっています。

このようにスポーツの世界記録は、スポーツ科学の発達や体格、体力の向上によって、少しずつ記録は伸びています。

「日本のプロ野球歴代投手の中で誰が最速か」 まとめ

スポーツ全般にいえることですが、どの競技をみても50年後の記録を出したアスリートは一人もいないことがわかります。

沢村栄治投手、金田正一投手、江夏豊投手は間違いなく日本のプロ野球を支えてくれた偉大な投手の中の一人です。

ただ、80年前の沢村栄治投手が156キロを出していたという測定結果については、もう少し正確な数値を発表すべきだったのではないでしょうか。

「日本プロ野球歴代投手の中で誰が最速か」と聞かれたら即座に大谷翔平投手と答えます。

スポンサードリンク

  • このエントリーをはてなブックマークに追加